2013年1月29日火曜日

耕して、収穫する。

それなりに良い土地を見つけて、日照りの日は耕し、雨の日は考え、時が来て収穫す。

「耕して、収穫する」

それが人の暮らし。




なんか、ぽい事言ってみても、それだけのこと。



それだけで、楽しい。



うむ。

微笑み返し。

こないだ姪っ子と対面して、思ったことでもあるんだけど。

人の微笑みって一番良い「顔」だと思います。


思春期になって自分の顔を意識する様になったりする前の、作為のない心の表現。
ふとした拍子にこぼれる柔らかい表情に、安らぎます。

自分もそうでありたいと願うけど、凝り固まった気持ちをほぐすには、結構時間が掛かります。
休み貰っても3連休以上取らないと休みモードにならないしw
これで結構気を張って生きてんだなって思うこともしばしば。

姪っ子の「微笑み」を見て、子供の頃を思い出しました。
自分の子供の頃の映像は、ビデオで見てるから分かるけど、自分にも素直に微笑んでた時期があります。

兄が子供をあやしてる姿をみてたら、なんだか祖母の姿に重ねられました。笑
それをみて微笑む姪っ子。
あやし方って、自分の記憶の中でしかないけど、赤ちゃんは言葉が喋れなくても親の愛情を理解することが出来てるって勝手に思ってます。

気を遣うってこととはちょっと違うと思うけど、優しさを以て誰かに接することもあるかもしれません。
赤ちゃんがねw

親の笑顔や掛ける言葉が子供を安心させて、赤ちゃんの微笑みが親の喜びを生み、その繰り返しで子供は大きな愛情を貰ってるって感じていけるのかなぁって少し思います。
勿論、そのニュアンスは親子によって千差万別だと思うけれども。

ただ、今回自分が姪っ子と会って、姪っ子の微笑みを見た時に、自分の心って強張ってるなってなぜか思いました。笑


なんつーか、微笑みにあまりに無防備だったのでw

「あ、俺なんか今まで勘違いして生きてたとこあるかもw」って正体は分からないけど、なんかそんな感じのことを思ったと記憶しています。笑


たぶん、それって『無償の愛』に近い感じなのかも。
親と子の間には確かにそれがあると思います。
その気持ちって、なかなか他人には向けられない気持ちではあると思います。
例えば夫婦でも、親友でも、どんなに近い関係でも。
例えるなら祖母ちゃんが言ってた「男女関係には利害関係が存在するから、無償の愛ってのは親子の中だけにしか存在しない」って言葉w
ドライだけど、90年生きて来た人の言葉なのだから、それなりに重みはあります。

けどね、姪っ子から微笑みを貰った時に、凝り固まった気持ちに気付いて無償の愛に近いものを自分の中で感じて(それは姪っ子に対してっていうより、無防備な微笑みに無償の愛の存在を感じたって意味で)、もっと素直に優しさを伝えられたならなって思いました。

少なからず、他人から貰ったことのあるものを。
少しでも愛してくれたことのある人への感謝を。
凝り固まってちゃ身動き取りづらくなるから、そんな微笑みを見ながら他人を威嚇するような気持ちの強張りを自分に感じてしまうなんて、歳食ったなって少し思いつつ。

静かにひっそりと自分と向き合える時間を貰えた気がします。
生まれて2.3ヶ月の姪っ子に。笑

「仕返し」や「恩返し」、いろんな「返し」があると思うけど、自分の心に根付かせるなら、「微笑み返し」という心の所作を大事に育みたいと願います。

本当の自分は、一時の怒りに身を任した時ではないと信じるなら、そういう気持ちを忘れないように密かに泣けば良いんです!

寅さんみたいになりたい(気持ちだけでも)


↑読み返したら結構、端折ったことばっか言ってて最早何が言いたいのかわかりませんねw
最近疲れてるから、ってことにします。

じゃ。

2013年1月27日日曜日

FUEL BAND。

最近、NIKEのFUEL BANDなるものを購入しました。
腕に付ける活動量計。
まだ日本では未発売なので、海外から輸入です。
結構イカす!
何やってても身につけているし、NIKEのサイトと連携していてモチベーションにも繋がるのでもはや無くてはならない一品になりましたよ。
お薦めでございます。絶対、今年これ流行すると思われます。
日本で発売されればの話。

で、これ付けたおかげでまたランニング再開したのですが、走ってると色んなこと考えます。

2013年の年始(今も含む)はかつて無いくらいアクティヴ思考が強いのですが、俺って一体何がしたくて何を理想としてるのかなぁって、ふと考えてみたんですけど、自分の理想像って漠然としたものしか無いよなぁって気付いたわけです。

てなわけで、今の自分の理想像を掲げときたいなって、ちょっと思ったわけです。

で、今この日記を書き上げてる現在に至ります。

で、理想像ですが。


取り敢えず「常時楽しめる準備が出来てる人」、これが今しっくりくる自分の理想像ッスかね。

暮らしを楽しみ、仕事を楽しみ、音楽を楽しみ、恋愛を楽しみ、生活を楽しむ。
楽しむために、自分に納得のいく仕事をして、暮らしを楽しむために心身共に健康でいる。
心身共に健康でいれるために、身体や精神を鍛える。
すなわち、適度に運動して、余分な脂肪を燃やす!

こっからスタート地点として、いつか理想像に接近出来れば良いかなって思います。
今はまだ疲れ易いからね。


取り敢えず、年始に掲げたいくつかの目標を達成するために、もはや早い段階から動いております。
まずは資金。
今現在一月の末なので、2月の末には取り敢えずの資金を調達出来そうです。
今まで貯めたへそくりなどを駆使しつつ。


でさ、お金についてもちょっと思ったことがあります。
お金を遣う時、大きい額であればあるほど、使い道を考えます。
当然ですよね。
でもね、例えば家族にお金を送る時など、「あぁ、このお金があればあれやこれやが出来るけどなぁ。。」なんて少し心をよぎったりします。
ちょっと気持ちが小さいけれど、否定することの出来ない事実です。苦笑

でもさ、自分にとって「価値」のあることって何よって思った時に得た答えは、「価値」=「自分にとって意味のあること」だと思います。

「自分にとって意味のあること」にお金を遣うことは、結構惜しくないものですよね。
だから、自分にとって価値のある、家族への貢献や恩返し、ここにお金を遣うことはハッキリ言って惜しむべきところではないんだよね。
言い聞かせてるわけでもなくて、祖母ちゃんにはしっかり恩を少しだけでも返したいって思うし、はっきり言って、祖母ちゃんみたいな生き方をした人が幸せにならないなんて、世の不条理もいいとこだと。
そう思うんで。
だから、孫である自分らがそれを証明しなくちゃいけないと、思います。
自分にとっての救いになるかもだけど、そう遠くない将来、人生をまっとうするであろう祖母ちゃんに、祖母ちゃんのことであとあと後悔だけはしたくないので。

だから、お金で賄えるところは惜しみたくないです。
そんなことを思いました。

ちょっとランニングしたあとで文章がちぐはぐ、接続詞めちゃくちゃな文脈っぽいけど、まぁ、なんとなく言いたいことは表現出来たつもりです。

自分にとって特別な想いがあるところは、そう簡単に捨てきれないし、そこまで薄情じゃないんだなって自分で認めるところがあるので、むしろそういった気持ちは大切にして、この先も生きてくと思います。
自分にとって価値ある人との付き合いと、常時楽しめる準備の出来た心と、心身共に健康な身体を以て、取り敢えず生きます。笑


以上

FUEL BAND、マジで良いです。

2013年1月20日日曜日

雑多なこと。


つい先日まで、東北は秋田まで帰省しておりました。


思えば、この寒い時期に秋田へ帰るのは、2年ぶりになるのか。
去年の年末はオーストラリアにいたし(ちょっと自慢)、一回機会を逃すと、本当に帰るタイミングがなかなか無くなってしまうのが辛いところ。
なので、今回の帰省は妙に懐かしい感じがしましたw

本当、雪国。
でも、気温はしばれる程の寒さかもしれないけれど、この風景が心を暖めてくれるのは、北国育ちだからこその特権かもね。
さみーばって、あったけー♪


趣味で作ってる、ホームビデオ。
愛用のMacで、家族旅行やら仲間内での旅行など、機会がある度に近しい人達に楽しんで貰えるように渡しています。
時間が掛かる作業なので、大概忘れられた頃に友人家族に渡してます。
それがまた、良いんだけどw


結構ね、出来のほうも毎回質向上していて、結構自分ではセミプロ的な域に達してるよなぁ、、なんて思ったりしてます。笑

で、今回、友人の新婚旅行の時のビデオの編集を頼まれるなど、中々大変な作業ではあるけども、ちらほら依頼とかもあるようになってきてw
期限がない分こっちも楽しんで作れるし、これやったら笑うだろうなぁとか、ここでこの音楽を入れたらメッセージ伝わるかなぁとか、色々とエンターテイメントなことも考えていられるので凄く刺激にもなってます。



こんな風に、日々を刻んでいくことはちょっと楽しいよなぁって、思います。

科学の恩恵を考える時がたまにあって。
こんなに沢山の音楽に簡単にアクセス出来た時代なんて人類史上無かっただろうし、思い出はまるで映画のように姿を変えたり、遥か昔に音信の途絶えた友達とまた交信が生まれるとか、色んなことが今、人類史上例にないステージに達していると思います。
まぁ、「今」が最先端なんだから、当然っちゃ当然なんだけど。

ひとつの基礎的な方程式や法則が、何重にも折り重なって生まれる新しい技術。
ひとつの星に生まれて、最初は火とか水から、言語が生まれて芸術や文化が生まれて文明が発生して。
長い長い時間がかかったとはいえ、よく現代みたいなハイテクノロジーが生まれたよなぁって、ふと思う時があります。笑

どこまで行くのか知らんけど、自分がこの世界にいれる間は、ちゃんとその恩恵に乗っかって楽しんでいきたい。もったいないからw
今の技術は今しか味わえないものだから。


話飛んだけど、自分の趣味が活かされて、それで周りが喜んでくれるなんて、なんて最高な出来事なんでしょうか。
大人が本気で遊ぶと、それが仕事になるって言葉がありますが、自分もその域まで達することが出来るのかなぁ。

男って、いつまでも本気で遊べるから良いよねw


女は愚かで男は馬鹿。
そう思う近頃。

2013年1月16日水曜日

定年。

今年、2013年はこのBlog『わっためがす』をわったり更新していきたいなぁって思ってる。

2013年に抱く期待の大きさの自分なりの表現として。w


アラサーに片足突っ込んでもう結構経ちますが、もっと若い頃から、自分が若いって自覚が足りないままに暮らして来たように思います。
自分は若い!って自負して生きてる人ってどれくらいいるのかな?
若いうちはなんでも出来る!って、確かにそうだけど、それを若いうちに自覚出来る人ってそうはいない様に思う。


最近じゃ会社のベテランもチラホラ定年していき、もはやいつまでも甘えてられる世代ではないなって遅ればせながら危機感を抱き始めております。
ふと思ったんだけど、定年ってまぁ実質60歳って定義じゃないですか。
例えば、そこから永く生きて90歳までいけたとします。
定年してから30年もあるって考えると、自分がまだ30年も生きてない事実や、自分の人生を振り返った時の30年という時の重み。
仕事を終えてから30年も自分に時間があるって考えると、、
自分てまだまだ若いんだねって、今更ながらにちょっと思いました。笑

今からだって、もっかい30年やり直してみって言われたら、正直しんどいッスw

小学生を6年、中学生を3年、高校生を3年、社会人になって10年弱。
いくつかのステップを経て今に至りますけど、人生として見直してみた時、30年毎に自分のステップを刻んで行くって考えたら結構人生って長いなぁ〜って思ったりもします。

自分なんてまだひとつめのステップにすら到達していない!

そんなんでよく、知ったふうなことを言ったり書いたり出来たもんだなってw

子供の時に自分が抱いてた自分の将来像と比べてみて、まぁ色々出来てないことも多いけど、そんなに悪くもないなって思えてもいるので、まぁ良い30年弱だったのでしょう。
親友もいるし、それなりに真剣な恋愛もしてきたし、真剣に凹んだり憂鬱になってみたり、追い風吹きまくって有頂天になってみたり。

マシな人生ないんかい!って思いながらも、振り返ってみると結構面白い人生を送ってるなとも思います。

失くしたものと手にしたものを秤にかければ、きっと圧倒的に前者に傾くと知ってる(byミスチル)。
漠然とではあるけど、ずーっとそんなことを思いながら、生きてきてます。


今も昔も、ずっと変わらない普遍的なもの。
それは「自分に正直である」という一点。

他人から見たら面倒くさいだけなのかもしれないけれど、自分に納得した人生を送っていきたいと思ってます。


真剣な想いと、正直な気持ちと、思いやりの嘘と本能が発する衝動と。

もはや自分本位でばかりいれる立場じゃないので、色んなことを加味して、周りを巻き込んで静かに前進出来る1人の大人として、1人の男として、最初のステップのfinまで辿り着きたい。

二回目のステップを、笑って迎えられるように。
三回目のステップに一足飛びで備えられるように。


「定年」ってワードから、色んなことを思ってみました。


そんじゃ。

2013年1月14日月曜日

指揮者。

今、仕事から帰って来て、夜更けにNHKを付けてボンヤリ観ていたら、『理想のリーダー像』というのがやっていました。

そこでは、リーダーをオーケストラの指揮者に例えていて。

威圧的な指揮者や、楽しそうに演奏に聴き惚れてメロディーに乗っている指揮者。
色んな指揮者が映し出されていました。

雑多なカオスから、ひとつの指揮で秩序を生み出し、ひとつひとつの音が旋律になっていく様。
それは、オーケストラだけではなくてあらゆる仕事が紡がれていくことと同じことなのではないでしょうか。
みたいな。笑

指揮者が威圧的だと、奏者はプレッシャーや自己の成長、色んなことに制限が掛かっているような感じがして、チームとしては結果、『進化』には繋がらない。
つまり、『進化』したいと皆が願えて、それが結果チームとして良い結果を生み出せるパワーに変わっていけることが、理想なのではないか。
そんな風には言ってなかったけれど、『楽しさ』こそが全ての人の進歩の根源で、好きこそものの上手なれ、じゃないけれど、【指揮者が楽しむこと】が奏者の喜びであり成長である。
チームとしての『進化』は、それぞれの進歩で成り立つ。

それを促すのが指揮者でありリーダーの職責なのかなぁって、ちょっと思いました。

理想とするビジョンが指揮者にあったとして(つーか無いと問題なんだけどw)、ただ楽譜に沿って自己主張を消せっていうメッセージばかりを送ったのではそれは奏者も、指揮者も、それを聴く観客でさえも、【誰でも同じ、誰でも良い】のと同じこと。
理想があるけれど、各々それぞれが独自の解釈で取り組んでみて、語弊はあるけれどもある程度の振り幅でもって指揮者が楽しむ。
問題があったら、その楽しむ範囲で進歩のある修正の仕方をしていく。
ジョークを交えたかのようでいて、指摘するべきところをしっかりと突いていく。

現実問題、難しいなーっても思うけど。
結局、リーダーとして、指揮者としての役割は、『楽しんでいることを奏者に伝える』これが凄く大事なんではないかなぁって思いました。

最近ではよく、リアルな私生活でも自分の上司が「お前だから俺は好き勝手やれる」と言ってくれるようにもなっています。
それはとても、嬉しい褒め言葉であって、ストレスや不満も多大にあるけれど(笑)、もっと頑張るかー!って気にさせてくれます。

譜面があれば演奏出来る、てのはその道のプロであれば誰でも出来ること。
より良いものや良い結果を生み出すには、それだけでは駄目なのだと思います。
自分で考えて「より良い結果」を生み出そうとしたり自分の成長に前向きに取り組んでいける空気を作り出すことが理想、だというのであれば、やはり指揮者やリーダーのやるべきことは、奏者の演奏を『楽しむ』こと、なのだと思います。

それって、他人の笑顔に貢献することが、結果として自分の「救い」になることに似てるかもなっても思います。

誰のために仕事しているのか、なんの為に取り組んでいるのか。

はっきり言って、自分の仕事があたかも「当然!」みたいな踏ん反り返った表情で受け取るクソ上司より、仕上がった仕事を興奮したり笑顔で受け取ってくれる上司の元で仕事した方が、誰だって嬉しいし楽しいに決まっています。
つまり、自分のしたことが喜ばれれば、結果として自分の救いになる。
そういうことかなって思います。


それは、仕事だけじゃなくて私生活でも、一緒だよね。

より良い未来に向かったり、より良い結果を生み出すためには、指揮者と奏者という関係でなくても、「楽しむ」ということと同じ延線上にある「感謝」という気持ちにこそそのパワーが秘められていると思います。

だから、具体的に感情を表現したり、照れることなく言葉を紡いだり、いわゆる人間力がとても重要なんだと思います。

日々に疲れてちゃ上手く出来なくなりがちなんだけど。


ただ、あなたに俺は満足してるよと、ただそれを伝えるだけで良いのかもしれませんね。


奏者が楽しめるオーケストラを、周りに築ける人間で(時には指揮者)であれる様、ほんのちょっとでも心に刻める余裕と心を持てれば良いと思います。
結果、良い方向に運べることが出来ればベストなのだから。ちょっとの不満には目を瞑るのも仕事だよね。苦笑
それを悟らせず、築いたら掌で遊ばされていた、なんてことも多々あるんだけどw
そんな風に憎めない寛大さや、してやれれたーw、みたいな興奮を生み出させる上司や人間に出会っていたであろう今までに、気付けた今に、感謝、、でしょうね。笑

勿論それは、利己的なものではなくて、根源に共有出来るものとしてのモラルがあること前提なんだけれど。


ちょっとNHKのその番組が予想以上に面白かったのでUPしましたw


では、おやすみなさい。

2013年1月4日金曜日

未踏を舐る。

2013年になりましたね。
明けましておめでとうございます♪

マヤの予言も外れ、いつものように新年がスタートしました。
自分の動向はというと、師走から年始に掛けて、結構多忙だけどハッピーに、過ごせております。笑顔。

初詣で大吉を引き、ヤフーおみくじでも超大吉を2回引き、DYDOのジュースを買っては当たりが出てもう一本。
なんかクジ運良いなーと思っていると、なにやらその結果に負けないラッキーな出来事がちらほら。w
年始から飛ばしております。

そんな中、今年の目標だとか、去年の反省だとか、色々と考えて暮らしてます。
ハンターハンターって漫画が超好きで。
今まで読んだ漫画の中で一番大好きな漫画なんですけど、最新巻で新章に突入しました。

『世界地図に載っているその外側に、本当の世界が広がっている。今いる世界なんて、ほんのその一部。未踏を舐ろう(ねぶろう)、我らにはそれが出来る!』

…未踏を舐る…

なんて気持ち良い、響きなんだろうって。
そう思いました。笑


幼い頃は、その全てが新しくて、目に映る人も全て自分の世界の中だけの住人で。
尻込みしたり疑心暗鬼なんてのは蚊帳の外。
全てが楽しかったりしてました。出会う人達は皆善人。
愛情を求めれば与えられ、善意は返されたりもして。全てのことが楽しかった。
歳を食うごとに、段々と、本心からの『楽しい』や興奮は減ってきて、どこか自分を誤摩化して暮らしていたなとも思います。

でも、それって何も動こうとしてないから、当然といえば当然だよね。
全然、未踏を舐っていない。
同じ地に留まってる分、そこには慣れるけど、新しい刺激には欠けるのは当然。
人として、本心からの興奮を得るには、やっぱ新しい何かがないといけないんだと思います。
『未知』に魅入られて、楽しむ心を持つことが、足りてないよなぁって、ハンターハンターの最新巻を読んでふと思いました。笑

三つ子の魂百まで、と言いますが、貢献出来ないと自分の価値を見出せなかったり、
仕事での実績が気持ちにストレートに現れて、私生活にも影響する。
素直に楽しめるためには、それなりの自分の実績が必要だと思うんです。

それを誤摩化すから、楽しくなかったり人の輪に入れずに藻掻いたりしてる。
そんな人を、大勢知っています。
楽しむためには、自分が納得するってことが大前提。
だから、自分の納得出来るってレベルがどんなもんなのかは人それぞれなんだと思うけど、納得出来るまで精進して、勉強して、結果を出すしかない。
それからでないと自分は決して楽しめない。

だって、どんなに自分に言い訳しても、三つ子の魂百までだから、楽しむことに素直に成りきれないんだから。
楽しむためには努力しなきゃ。だから、3歳までに持つべき自分の思想のレベルって、凄んごい大事って思うw
実力伴ってないけど思想が高いと、詐欺師になるか、自分に後ろめたい気持ち持ったまま生きるか、ふたつにひとつでしょ。
きっついよな。


だからね。
今年2013年は、挑戦の年にしようと思うんです。
ちょうど運気は最高潮だし。かつて無いくらい。
資格取得と、スカイダイビングと、どっかの高い山登頂と、10キロレベルでの減量。
全てが『未知』!
【未踏を舐る】ってのが、今年の本目標でございます。


こんだけのことを完遂出来たら、心から楽しいんでないかなって思う。笑

あ、そうそう、禁煙開始です。
今年は、未だかつてないくらいにアクティヴに行こうと思います。

覚悟しろや、2013年(@∀@)♪